正門が見える辺りまで歩いてきて、豊の足が唐突に止まる。
門柱に凭れるようにして立っている人物。
銀の髪、金の瞳は閉じていた。襟元には新しいネクタイが結ばれている。
「ひ、かわ」
震える声で名前を呼ぶと、すっと瞼が上がった。
眼差しが射抜くようにこちらを見据える。
「秋津豊」
声は小さくて、殆ど聞き取れなかったのに、豊は名前を呼ばれた事をはっきりと認識していた。
全身が小刻みに震えている。これは、恐怖なのだろうか。
日差しの中、薙はゆっくりと近づいてきた。
正面に立たれるまでの短い間、豊には、それは永遠ほども長い時のように思えた。
真っ直ぐ向けられる視線を避けるように俯くと、抑揚のない声が降ってくる。
「所詮君は、その程度の人間だったというわけだ」
「な、何、が」
「こんな即興の交流がうまく行くはずもないと、その身をもって証明して見せたようなものだな」
「そんなことは!」
顔を上げる。
真正面から金の瞳とぶつかって、豊はわずかに狼狽した。
「そ、そんなことは、無い」
そう言い切れるのだろうか。
今、ここから逃げ出そうとしている、自分に反論の余地など残されていないのではないか。
薙がフンと鼻で笑う。
「どう言い分けようと同じことだ、君が出て行くことに変わりは無いだろう」
返す言葉も無くて再び俯こうとすると、グッと顎をつかまれた。
咄嗟に口づけられるのだと思って硬く目を閉じる。
「秋津君」
冷たい、無機物のような声が響く。
「君はやはり、天照郷の人間だったのだな」
豊は瞳を開いた。
途端、薙に突き飛ばされていた。
ヨロヨロと数歩下がって、困惑した眼差しを向けると、彼はもうこちらを向いてもいなかった。
「―――結局はあの男を選んだというわけか」
「な、に」
「次に会うとき、僕らは敵同士だ」
たった一言に胸の奥が大きく抉り取られていく。
豊はヨロリと半歩ほど無意識に前へ踏み出していた。
「ひ、飛河」
「気安く名前を呼ばないでもらおうか」
「飛河!」
自分でも訳のわからない焦燥感に追い詰められるようだ。
なぜか目の前がぐらついて、腕を伸ばしたいのに、体が言う事を聞いてくれない。
「ひかわッ」
喘ぐような声だった。
「ひか、わ―――」
背中は、決してこちらを振り向くことなど無い。
視線がのろのろと地上をさまよう。
結局―――最後まで、分かり合えなかった。彼を思う自分の気持ちすらわからなかった。
手を伸ばせば届くほどの距離の間に、越えることの出来ない闇が横たわっているように思う。
重く鈍る足を機械的に動かして、豊は再び歩き出していた。
戻る事は二度とないだろう。彼には、もう言葉すら届かない。
すれ違いざま、心が、体が、グッと彼のほうへひきつけられるような思いがする。
けれどそんな事は現実に起こりようも無くて、ただ正門への道が続いているだけだった。
世界は蜃気楼の様に虚ろだ。
スポーツバックの紐が肩に食い込んで、刻みつけられた思い出分、その重みを増している。
通り過ぎた直後、薙が振り返り、離れていく背中を見送っていた。
豊は気付きようも無い。
呼びかけてももう聞こえないだろう。
金の瞳がわずかに暗い色を浮かべて、直後にすっと細くなる。
門柱を曲がり、影すら見えなくなるまで、薙はその場に立ち尽くしていた。
北風が、木立や彼らの髪を揺らして通り過ぎていった。
秋が終わろうとしていた。